レッスン1 「間違えずに読む・話すことは考えや気持ちを伝えるための基本」

ある日のこと、選挙に立候補した方の一人が、次のように叫んでいました。

「わたしがぬしに訴えたいことは!」

みなさんはお分かりでしょうか。この立候補者は「わたしが主に(おもに)訴えたいことは」と言いたかったようです。

たぶん原稿は、だれか別の人が書いたのでしょうね。それを受け取って、練習しました。原稿なしでも話せるくらい、がんばりました。でも「おもにうったえたいこと」が「ぬしにうったえたいこと」になったので、話おきいていた人は「???」となりました。

この例からもお分かりのとおり、読み間違いをすると、自分の考えや気持ちが伝わりにくくなります。また、読み間違いがあまりにも多いと、話し手としてのあなた自身の信用にも関わります。

そこで今回は、正確に文章を読むことがどうして大切なのか、どうすれば間違えずに読むことができるようになるか、順番に考えたいと思います。

正確に読むことは伝えるための基本

読み間違い、言い間違いが多いと、正しく意味が伝わりません。

話を聞く人は、聞いた音を、文章の流れに沿って、頭の中でことばに置き換えます。

「おげんきですか」なら「お元気・ですか」という具合です。

多少の言い間違いであれば、「文章の流れからすると、こういいたいんだろうな」と修正しながら聞くことができます。しかし、あまりにもひどい言い間違いや読み間違いをすると、頭の中で修正できないことがあります。その結果、頭のでは「???」という状態になります。

悪いことに、間違いが多かったり、間違いようがひどい場合は、話の内容ではなく、間違いの内容に注意が向いてしまいます(それが売りになるタレントさんもいらっしゃいますけどね)。

例えば、次のような読み間違いがあると、一瞬「?」とならないでしょうか。

過去の成功例をふしゅうします。

太字の部分は「踏襲(とうしゅう)」と書いてあるのを、「ふしゅう」と読み間違えています。かつて現職の総理大臣が読み間違えて話題になりました。

たかが読み間違い、と言えないのが総理大臣のつらいところです。「総理大臣ともあろう人が、この程度の漢字を読めないとは!」と、けっこうな批判を浴びました。それなりの地位や年齢の人が、あんまりひどい間違いをすると、信頼を失ってしまうという実例です。

それで、日本語の場合は「読み方を確認する」という作業をすることが、とても大事になってきます。つい、わかっている「つもり」になって、サボってしまいがちですが、難しい漢字の並びが原稿にあるときは、念のために調べるクセをつけましょう。

次に「区切り」について考えます。

たとえば「やむを得ない」という言葉があります。見てのとおり「やむを・えない」と分割します。漢字で書くと「止むを得ない」。つまり「やめるわけにもいかないから仕方なくやってしまおう、どうにもこうにも致し方ない」という意味です。

これが結構な割合で「やむ・負えない」になる方に出会います。強いて意味を取るなら、「やむ」という得体のしれない何かを背負うことができない、ということでしょうか。この場合「やむ」ってなんだろう、という疑問がいつまでも残りそうです。

さらに「発音」の問題も取り上げておきましょう。たとえば「橋」と「箸」。どちらも「はし」ですが、発音の違いで意味が変わります。九州の一部の地域では、この2つの「はし」の読み分けがありません。そのため、「はし」が「橋」なのか「箸」なのかは、文章全体の流れ(文脈)で判断します。

結論としては、読み方、区切り、発音(アクセントやイントネーション)が間違っていると、別の意味になる言葉があるので注意が必要、ということです。(方言を使って話すことにはメリットも多いので、それはそれとして分けて考えます)

このように、読み間違いや言い間違いが、あなたの話への注意をそらしたり、話の意味が正しく伝わるのを妨げることは、お分かりいただけたと思います。

読み間違い、言い間違いが怖いのは、あまりにも間違えると、話し手としてのあなたの資質そのものが疑われる場合があるからです。その点は次の見出しで詳しく考えましょう。

話し手としてのあなたの信用を疑わせる「読み間違い」

当然のことですが、わたしたちは自分より知識が多い人から話を聞きたいと思っています。同時に正確な情報を知りたいとも思っています。

もし話し手が、みんなが知っている言葉を何度も間違えたらどう思うでしょうか。最初うちは「ただの言い間違い」と思うでしょう。しかし、2回、3回と繰り返すと「この人は本当にこの言葉を知らないんだ」と思うでしょう。

みんな知っている常識的な言葉を教える立場にいる人が知らない。しかも、たまたまある言葉を間違えたのではなく、幾つもの言葉を言い間違えたらどう感じるでしょうか。「この話し手には基本的な教養がないのでは?」と思うかもしれません。

また、読み間違いや言い間違いで、それまでの話の流れが止まることも問題です。話には流れがあって、その流れが自然で無理がなく、なめらかに続くと心地よく感じます。つまり理解しやすく、共感を得られやすいということです。

それが、何度もつかえたり、言いなおしたり、間違えたりすると、聞くことがストレスになります。あなたの気持ちや考えを理解するのが難しく、共感もしにくいということです。

これらのことを考えると、読み方や話し方を改善したいと思うのではないでしょうか?

間違えずに読むためにできること

読み間違いを防ぎ、正確に文章を読めるようになるためには、準備と練習が必要です。この項目では、具体的にどんな準備と練習をすればよいのか説明します。

知らない言葉、難しい言葉を使わない

難しい言葉を使った方がカッコいいと思う人、あまりいないとは思いますが、注意が必要です。実は、時々自分で書いた原稿が読めなくなる方がおられます。パソコンで原稿を作ると、漢字を知らなくても変換してくれます。あとから読もうと思って原稿を見ると、なんだか難しい漢字がある。困った、読めない。時々、こんな場面に出くわします。

原稿を作るうえでの鉄則は「自分が普段使っていない言葉を使わない」ことです。

それでも、話の都合上どうしても使わなければいけない言葉があるとします。仕事関係で話す場合には、専門用語を使わなければいけないこともあるでしょう。そのような場合は次の項目の「言葉の意味と読みを調べる」という手順が必要になります。

言葉の意味と読みを調べる(知っている言葉を増やす)

知っている言葉が少ないと人前で話すのは大変です。それは少ない材料で豪華な料理を作るようなもの。相当な料理の腕があれば大丈夫ですが、普通は「あれが足りない」「これも足りない」となります。つまり、話を組み立てるのが難しくなります。さらに、知らない言葉が多いと読み間違いも多くなります。

できれば、自分が使える言葉を増やしましょう。知らない言葉を見聞きしたら、時間を取って読み方や意味を調べることを習慣にするとよいでしょう。自分が読み上げる資料や原稿を読み返し、なじみのない言葉に印をつけることもできます。

たくさんの文章を声に出して読む

アクセントやイントネーションがおかしいと意味が伝わりにくくなります。正しい発音で読めているか、本番前にほかの人に聞いてもらうと効果的です。特に、日常生活で新しく覚えた単語を使ってみるのもよいでしょう。

普段から、自分が話そうとする内容に関係がある本を、声に出して読んでみてください。普段から音読をしていな人は、きっと思うように読めないはずです。実際に声に出して読んだ時、まったく読めない単語、一瞬読み方が分からなくなる単語、意味をよく知らない単語などが出てくるはずです。それらに印をつけて辞書で調べ、自分のものにします。

たくさんの文章を読んでいくうちに、きっとみなさんは気づくことでしょう。

「あれ?はじめて見た原稿なのに、いきなり上手に読める」

たくさん文章を読んでいるうちに知っている言葉が増えます。目に入った文字を声に出すことにも慣れます。だんだんと経験値が上がるごとに「いきなり文章を読んでもうまい人」になってゆきます。

車の運転をする人は経験があると思います。はじめのうちはぎこちなかった運転が、経験を重ねるごとに上手になってゆきます。腕が上がると、はじめて通る細い道や町中の渋滞している道でも、それなりに運転できるようになります。

おそらく、はじめのうちは声に出して5分も読むと、かなり疲れるはずです。10分読むのは結構しんどいと感じると思います。それでも、読む練習を重ねてゆくと、はじめて目にする文章でも上手に読めるようになりますし、何より読み間違いが徐々になくなってゆきます。

まとめ―正しく読むと、正しく伝わる

この章では、自分の考えや気持ちを相手に伝えるためには、「間違えずに読む」ことが大切であることを説明してきました。

わたしたちは言葉を「音」として聞きます。次に、それがどういう意味なのか頭で考えて理解します。つまり、「音」が間違っていたら正しい意味が伝わらない、もしくは伝わりにくいということです。

逆に、正しい言葉を、正しく発音すれば、あなたの考えや気持ちを正確に相手に伝えられます。わたしたちは、言葉を組み合わせて文章を、文章をつなぎ合わせてひとまとまりの考えを相手に伝えます。正しい発音で、正しく言葉を読むことは、言葉で考えを伝えるための第一歩。最低限必要な能力と言えます。

それで、ぜひあなたの持っている言葉を増やしてください。言葉の意味を知り、ふさわしい言葉を、正しく声に出してください。そうするとき、きっとあなたの考えや気持ちは、相手に伝わるはずです。

練習方法

あなたが話さなければいけない内容、たとえば仕事や学校のレポート発表などに深く関わりのある本を、声に出して読んでみましょう。

普段の会話で使う言葉を増やすためには、きちんとした、しかし堅苦しくない文章で書かれたエッセイなどを読むもの効果的です。とくに「この人の文章や表現がすてきだ」と、あなたが好感を持っている人の文章を読んでみましょう。

読めなかった言葉や意味の分からない言葉をノートなどに書き出して、読み方、意味、例文を調べます。それらの文章も声に出して読んでみてください。自分でも、新しく知った言葉の例文を考えてみるとよいでしょう。

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